コロナウイルス、この先どうなるのか見えてきませんね。
ウイルスそのものの脅威のせいなのか、それに対処する人間のせいなのか、その両方なのか。
いずれにせよ、うまく対応しないとひどい経済的な損失につながります。
ただでさえオリンピック後の景気後退が言われていたのですから、しっかり取り組まないといけませんね。
どんな状況からでも学ぶことはできる、という観点で、今回はコロナウイルスを取り上げてみましょう。
一般的にある出来事を無視できなくなると、人はそれを「自分のこと」として感じるようになります。
おそらく、コロナウイルスが武漢で発生した当時は、ほとんどの人が対岸の火事のような感覚だったでしょう。
その後、ダイアモンド・プリンセス号が横浜にやってきたり、武漢からの帰国者が感染していたり、
さまざまな情報が入ってくるにしたがって、少しずつ「自分のこと」と感じる人が増えたはずです。
コロナウイルスが「いつ」自分のことになったかを確認し、その時期が適切だったか後で考えてみるのもよいでしょう。
コロナウイルスなんて知らなかった小学1年生も、学校が休みになるという形で「自分のこと」になりました。
場合によっては学校が休みになった後も、きちんと理解していないかも知れません。
理解していなくても、いつの間にか無関係ではいられないように巻き込まれている。
こんなふうに、誰もが強制的にコロナウイルスに関係されてしまったのです。
私たちの生きている現代の先進国では、「関係」を主体的に選べる社会ということになっています。
生活のさまざまな局面において、自分が何と関係するかを「選択」する自由があり、
その抱き合わせとして、起ったことに関しては、「自己責任」がついてくるわけです。
しかし、今回のコロナウイルスのように、世の中には強制的に関係させられてしまうこともあります。
関係に関しては、自分で決められるものと、決められないものがある。
大切なのは、自分の周りで起こっている出来事のうち、自分で関係が選択できるものと、
選択できないものを仕分けることができる能力ということになります。
関係を避けられないことであれば、早めに情報を入手して、先手、先手で対処する。
避けられないものを先送りにすると、向き合ったときには手に負えないことになっていたりします。
今回のコロナウイルスに関して、そのあたりの判断が適切だったのか、これは事後の検証が必要です。
適切な判断のために必要なものが2つあります。
1つは正確な情報の共有で、もう1つはその情報を扱える専門家です。
情報共有に関しては、トイレットぺーパーの買い占め騒ぎとか、検査基準の曖昧さなどに照らせば、
あまり上手く行かなかったといえるでしょう。
台湾のマスク対応などは、今後の参考にすると良いかも知れません。
正確な情報を共有することは、会社でも大事ですね。
情報が異なったり、曖昧であると、それぞれの人が実感する現実が異なります。
情報が揃ったとしても、その判断基準が異なると、やはり人々は異なる現実を生きることになります。
今回のような場合に適切な判断基準が示せるのが専門家です。
その専門家に関しても、今回はちょっとまずい対応でしたね。
対策本部を立ち上げて、2週間近く専門家不在でことを進めていたようです。
緊急事態ではリーダーシップの発揮は大切ですし、それは専門家にはできませんが、
その分野に詳しい専門家がいないと上手く行かないこともあります。
すでに鬼籍に入っている有名な経済学者に宇沢弘文という人がいます。
社会的共通資本という概念を広めた人ですが、物事には専門家に任せるべき分野があると言いました。
社会的共通資本とは、人間が集団として生きるためにそれなしでは生きてゆけないもので、以下の3つの分野があります。
1、海洋・森林・河川といった自然環境
2、上下水道・交通網・通信網・電力などの社会的インフラ
3、行政・司法・教育・医療などの制度資本
これら3つの分野は、資本主義の発生以前から存在するものなので、市場とは親和性が低いとされています。
ですから、これらの制度設計・管理運営は専門家が専門的知見に基づいて、理性的かつ非情緒的に行うべきだそうです。
思想家の内田樹氏によれば、政治と市場は社会的共通資本には関与してはならないそうです。
その理由は、政治と市場は複雑系だからです。
複雑系とは、わずかな入力の変化が巨大な出力変化をもたらすものです。
政権交代したら水道が出なくなるとか、株価が下がったので学校や病院が閉じたということでは社会が劣化します。
社会的共通資本は、わずかな入力の変化で目まぐるしく変化することよりも、定常的であることが最優先されるからです。
医療はまさに社会的共通資本に入っています。つまり、専門家が必要とされる分野です。
今回のコロナウイルスは非常時の出来事なので強いリーダーシップが求められます。
その一方、扱われる医療という分野は専門家の判断が必要です。
こういうとき、上手く両者が連携・協調して動けるのが強い社会といえるのでしょう。
考えてみれば、資本主義的な分野と社会的共通資本分野を明確に線引きすることはできません。
実際の社会では、両者はからみ合いながら物事が動いています。
(全体的な流れは、あらゆるものの市場化という方向にありますが…)
両者のからみ合いは、利益を追求する会社という組織にも当てはまります。
会社は利益を上げなければ存続できません。利益を無視した経営は出来ません。
ですから、市場のわずかな入力の変化に対応しつつ、目的を達成することが必要です。
その一方、会社という組織を維持するためには、社会的共通資本に親和性が高い部分もあります。
そもそも、社会的共通資本とは、人間が集団として生きていくために必要な分野です。
会社を人の集まりと考え、その集まりを長期に維持するのであれば、
わずかな入力の変化で目まぐるしく状況が変わり、定常性が保てないとなると、人が安定しません。
状況に合わせて変化を起こせる強いリーダーシップ、それと、組織を定常的に安定させる専門的知見。
この2つが上手く連携・協調することが会社組織にも必要なのではないかと思います。
今回のコロナウイルスは不幸な出来事ですが、よい機会として活かしていくしかないですね。
怪しい情報に惑わされず、個人で可能な予防をしつつ、政府の対策をきちんとウォッチしましょう。