「選択と集中」という言葉は、誰もが聞いたことがあると思います。
とてもわかりやすい言葉です。「選択」は選ぶこと、「集中」は集めること。
何かを行うときに、きちんと「選んで、集中する」ことが大切だ。
漠然と、そんなふうに思って、深く考えることはないかもしれません。
「選択と集中」は、たしかドラッカーの言葉でしたね。
きちんと考えるには、ドラッカーがどんな文脈で、どういう意味で、
この「選択と集中」という言葉を使ったのか、それを確認することが必要です。
とくに「ドラッカーも言っているように、選択と集中とは‥」などと自説を補って言うときには。
しかし、選択と集中という言葉はすでに一般化しているので、ここでは、そこまでやりません。
あくまで、組織内で「選択と集中」という言葉が使われるときの留意点に絞ります。
「選択と集中」。わかりやすい言葉なので、組織でも共有しやすいことでしょう。
「われわれのキーワードは?」と聞いて「選択と集中」と答えられるようにする。
毎日、口を酸っぱく言えば、十日もすればできるようになるでしょう。
でも、これでは、言葉の表面的な共有です。大切なのは中身の共有です。
「選択で大切なことは?」「集中で大切なことは?」
といった問いに対して、組織に属するメンバーが同じように答えられること。
それが、言葉の中身の共有になります。
「選択」で大切なのは何でしょう?
それは、選択肢をすべて挙げるということです。
あらゆる可能性をすべて挙げ、その上で1つを選び取ることです。
実際、選択で大切なのは、選んだもの以外をすべて「捨てる」覚悟です。
選択とは、何を選ぶかでなく、何を捨てるかを決めることです。
そのためには選択肢をすべて挙げないと危険です。
捨てた自覚もないまま、大切なものを捨ててしまうことになるからです。
「選択」で大切なのは、選択肢をすべて挙げること、そして何を捨てるか決めることです。
では「集中」で大切なのは何でしょう?
必要なときに、必要なものを、必要なだけ注ぎ込む。これが集中の意味です。そして大切なことです。
幼少期に、愛情と知識を、いずれ社会のフルメンバーになれる程度に与える。
夏の早朝に、朝顔に水を、根腐れしない程度に与える。
大切なのは、与える時期、必要なもの、適切な量、をきちんと把握することです。
厄介なのは、それらを決めるのは、私たちではなく、対象となるものごと自身だということです。
私たちが出来るのは、それらのものごと(事)に力を提供する(つまり仕える)ことなのです。
(事に仕える、と書いて、仕事と読みます。)
それが「集中」ということです。
「選択と集中で大切なこと」に戻ります。
選択肢をすべて挙げる。
何かを選ぶことは、それ以外を捨てることだと覚悟して、何かを取る。
選び取ったことを成功させるため、必要なときに、必要なものを、必要なだけ提供する。
以上です。これが「選択と集中」で大事なことだと思います。