「ふつうに考えればわかるはず」とか「ちゃんと考えればわかるはず」
何か聞かれ、きちんと答えられなかった時、そう言われたことはありませんか?
たしかに世の中には奇妙な考えをしたり、順を追った考えが苦手な人もいます。
その意味ではこの言葉、必ずしも間違いではない。
でも、そう言われて理不尽だな、そう感じた経験は誰にでもあるはずです。
この「ふつうに考える」「ちゃんと考える」という言い方。
場合によっては何も言っていないに等しいことにもなりかねません。
とくにそう言っている相手自身が、自分は「ふつう」で「ちゃんとしている」と思っているときなど。
この場合、「ふつうに考える」とか「ちゃんと考える」というのは、
「私と同じ情報や知識があって、私と同じ判断基準(ここには価値観や経験も含まれます)があれば、
何かを考えたときに、私と同じ結論がでる」と言っているだけです。
でも、「自分と同じ情報や知識があって、自分と同じ判断基準をもつ人」などこの世界に1人もいません。
だから「ふつうに考えれば」「ちゃんと考えれば」と言われたとき、困惑することが多いのです。
(間違っても「ふつうに考える、ちゃんと考えるって、どういうことですか?」などと尋ねてはいけません。
「そんなことを聞くようだから、お前はわかっていないのだ」そう言われるのが落ちでしょう。)
しかし、この事実を逆手に取ることで、ある程度は「考え」を揃えることが可能になります。
とくに組織においては、そこに属する人間が考えを揃えられると、強い力になります。
(ポイントは、多様な考えをする人たちが、揃えようと思えば揃えられる、ということです。
単一の考えにみんなが染まるとすれば、それはある種のカルトのようなものになります。)
では、どうすればよいか?
1、組織に属するメンバーが、つねに知っておかねばならない情報が明示されている
2、それらの情報が定期的にアップデートされ、メンバーがきちんとキャッチアップしている
3、それらの情報を判断するときに用いる基準を明示している
4、話し合いは、必要な情報を有しているか、採用している判断基準があっているか確認しながら進める
これらを行なっていれば、理論上は、考えを揃えることが可能です。
もちろん、そう簡単に理論は現実に当てはまりません。
理論を現実に当てはめていくには試行錯誤が必要です。
その試行錯誤をうまく行える組織は、コミュニケーション力を高められる組織ということになります。
そういう組織であれば、「ふつうに考えてみて」「ちゃんと考えてみて」という言葉も機能することでしょう。